酒蔵・ワイナリー見学記~ドゥ・モンターニュ・タテシナ編~2023.12.01
ドゥ・モンターニュ・タテシナ(醸造所)とアビーズ・バインズ(ワイン畑)にお邪魔しました。
※中央が安孫子氏
アビーズ・バインズの園主でドゥ・モンターニュ・タテシナ代表取締役の安孫子 尚(あびこ たかし)氏。前職は金融系のサラリーマン。ピノノワールのワインと出会い、自身でも作りたいと思ったことがワイン造りのきっかけです。立科町に「アビーズ・バインズ」を設立し2019年には自社畑のブドウで初委託醸造。純米酒が好きな当店の常連さんでもあります。
その後、小諸でブドウ栽培を行う山岡氏と共同で「ドゥ・モンターニュ・タテシナ」醸造所を設立。今年の9月に免許がおり、アビーズ・バインズブランドのワインの醸造を開始。将来のアビーズブランドの生産本数は約8,000本を予定。
畑である「アビーズ・バインズ」の名称は安孫子氏のサラリーマン時代のニックネームとブドウの樹をかけたもの。醸造所である「ドゥ・モンターニュ」は2つの山という意味。
ロゴのデザインは当醸造所から浅間山と蓼科山が見えることから。真ん中の帯は千曲川を表現しています。
※手前がブドウ畑
安孫子氏のブドウ畑はもともと荒廃地。開墾した畑は4か所あり面積は約1.5h。品種は黒ブドウがカベルネフランとピノノワール。白ブドウがソーヴィニヨンブラン、ピノグリ、セミヨン。土壌は粘土質で水持ちがいいようです。 粘土質土壌の安孫子氏のカベルネフランがとても良く、ほぼ病気が出ず収量も右肩上がり。ここはカベルネフランの適地なのかなと安孫子氏は話します。最近、立科にワインライターの方が結構訪れるようで、東信、特に東御、上田、立科、小諸、のカベルネフランに注目しているようです。
ブドウ栽培において1番ポイントになるのが梅雨に入って収穫までの間の雨と病気です。特にカビ系の病気を防止するために試行錯誤しますが、カベルネフランだけは通常の防除以外はほとんど何もせず、除葉し風通しを良くするだけ。 他の品種ではボランティアさんに収穫頂く際、収穫に向け先に安孫子氏たちが病果を取ってしまいます。一方カベルネフランは一切何もしない。 ほっといて収穫期を迎えたらどうぞという感じです。「適地」というものは結局、病気が出ず手がかからないってこと、だから良いブドウが出来やすい。そしていいワインができるというサイクルになってるのかなと話されていました。逆にピノノワールは繊細なブドウ。雨で薄い皮が実割れし、そこから病気が入ってしまいます。その影響から安孫子氏のピノノワールは当初から比べても大幅な収量の拡大が見られません。当初、黒ブドウはピノノワールのみで考えており、カベルネフランを栽培するつもりはありませんでした。ところがビジネス上のリスクヘッジともう一つの理由でカベルネフランも植えることに。長野県はメルローとシャルドネ推し。理由はメルローとシャルドネは病気になりにくく、収量もあるから。前職で金融のマーケティングをしていた関係で商品は比較優位が出せなければ売れないということを安孫子氏は理解していました。だから別の品種にしようとカベルネフランを選びました。そして、ピノノワールは本当に栽培も醸造も難しいとのことでした。
今まで完成したワインを安孫子氏がテイスティングして「美味しいワインありがとうございました。」というと、委託醸造先から「いやいや、ブドウが良かったからですよ。」とお返事が来る。安孫子氏は半分は社交辞令かなと思っていました。委託醸造でも現場に出向き、自家醸造に向けプロセスを勉強するために委託醸造先も選択し頻繁に足も運びましたが、醸造を行う3〜4か月の間に携わるのは縮めるとやはり1ヶ月程度。残りは醸造先の方が面倒を見てくれている為、実感はありませんでした。ところが、いざ自家醸造となると今更ながら感じるといいます。「やっぱりブドウだ」と。 社交辞令ではなく、「いいワインを作るためにはいいブドウなんだ」っていうのは自ら醸造に携わることによって痛感しましたとの事。様々な環境の中で良いブドウを作るということと、自分が求めるスタイルのワインを作るためにどういうタイミングでどういうブドウを作るかっていう難しさがあるから。
自家醸造の1番のメリットはブドウの状態を見て自分の良いタイミングで収穫できることです。委託醸造の場合、醸造タンクのやり繰りがあるため収穫日は何か月も前に決定しており,
後から日程の変更は難しい。また、ワインに問題が起きると製造者である委託醸造先に責任が発生するため醸造における大きなリスクは取りずらい。ワイン作りには様々なリスクがありますが、特に大きいリスクとはワインの酸化と汚染のことでそのリスクをどう回避するかに重きを置きます。酸化と汚染を防止する最もポピュラーな方法は亜硫酸を入れること。また、しっかりした温度管理と頻繁な澱引きも必要となってきます。白ワインが特に多く、瓶詰めまでの間にオリを4、5回引くことも。アビーズバインズの白も2020BYまでオリ引きがきちんとされており、お客様から線が細いねと言われたことがありました。そこで2021BYからは委託醸造先の方と相談し、オリ引きの回数と同時に清澄安定化の目途を緩める状態を作りました。すると味わいが全然違い、ブドウを食べた時のイメージ通りのワインに。自家醸造の今年からはオリ引き後、毎回残ったオリを自ら食べて、飲んで、舐めて確かめる。良いオリは匂いと味が違います。チェックしてオリが良質であればオリをワインへ戻す。そうするとブドウ本来の味わいと複雑性がより表現されます。結局はおいしいワインを作らないと意味がない。オリ戻しはルールではなく応用なので、オリが良ければ戻します、ダメだったらやめるという感じです。
昨年まで作業はどんなに遅くても12月10日過ぎには終了しており、ご家族の住む東京へ帰省していた安孫子氏。1月末まで東京で2月から立科へ戻るというスケジュールでした。今年から帰省は年末挟んでの2週間に。冬の間も様々なデータを定時分析しなければならないことと、樽がワインを吸うため、酸化防止でワインを足さなければならないからです。
この文書だけではなんだか大変そうに感じますが、当の安孫子氏は「このために仕事辞めて、長野に来て畑とワイナリーをやってワインを作っているわけだから。楽しいのは楽しいですね。」と。
楽しい人が作ったワインは美味い。苦しいこともきっとあるけれど前向きな安孫子氏は良いと清水屋の店主が言っていました。
「これからも大基本、ますますちゃんといいブドウを作んなきゃいけないなと思います。まずはちゃんとした農家であること。収穫のタイミングもよく考えてやらないと、間違えると自分が望んでないようなワインができてしまう。」と安孫子氏。
最後に醸造所を見学。醸造のラインは一直線。アドバイスしてくれる方はいましたが醸造所内のレイアウトは、安孫子氏が決めました。これは安孫子氏が委託醸造をする中で設備を見て「こういう風にするんだな。」というように醸造だけではなく仕組みも勉強した成果です。 また樽貯蔵の部屋と貯蔵庫には低温エアコンというものがありました。マイナス10度ぐらいまで下がる代物で、樽の温度管理も勿論ですが、主に収穫したブドウの待機所として利用する為に野菜庫の感覚で設置。ブドウをエアコンで4度ぐらいまで冷やしておけば1週間位は持つので、ブドウの状態や人員、気候の問題があってもその間は大丈夫という訳です。
当醸造所において安孫子氏が強みに考えていることは、醸造所の共同経営者である山岡氏が小諸で植えているブドウの品種と安孫子氏が植えているブドウの品種が結構似ているということ。将来的には小諸のカベルネフランと立科のカベルネフランの比較ができます。大手でそういう取り組みをやっているところは多々ありますが、個人の醸造所で、しかも自家栽培のブドウではなかなか無いことです。
今回といいますか、私が前から安孫子氏に対して思うこと。それは「有言実行」ということ。初めて安孫子氏のワインをテイスティングした際、そのワインはまだ委託醸造だったと記憶しています。ですが、「自家醸造は必ずやります。」とお話は伺っておりました。実際に今年から自家醸造を開始した安孫子氏。着実にご自身の計画通り事業を進めているなということ、またそれを楽しんでいるということが私の安孫子氏に対する印象です。醸造所の設立にあたってはさまざまなご縁があったといいます。私にはそれが解かる気がします。この方だったら一緒にやってみたい、賭けてみたいと。これからの安孫子氏とブドウとワインが楽しみですし、定期的にお邪魔し、話を伺いながら販売させていただければと思います。